いつまでも元気

健康長寿のための実践や気づきを主とするブログです。

池上本門寺

緊急事態宣言による外出自粛要請のため、電車・バス等を使わずに自宅から行けるスポットの紹介を続けます。

今回は池上本門寺です。

池上本門寺の由来

池上本門寺は日蓮宗の大本山で、縁起は以下のとおです。

池上本門寺は、日蓮聖人が今から約七百十数年前の弘安5年(1282)10月13日辰の刻(午前8時頃)、61歳で入滅(臨終)された霊跡です。
(後略)

引用元: 池上本門寺 縁起

境内の主要スポット

総門

東急池上線の池上駅から徒歩10分ほどで、本門寺の入口の総門が見えてきます。

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総門の奥に96段からなる石段が見えます。

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石段

ふもとから見上げるとかなり立派な石段だと実感できます。

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立札の説明によると、1606年ころに戦国武将の加藤清正(1562〜1611)が寄進し、その後、元禄(1688〜1704)の頃に改修されているが、造営当時の祖型を残しているとのことです。また、別称を「此経難持坂(しきょうなんじざか)」というそうです。

石段を登り切って振り返ると、かなり登ったなと実感できる眺めです。

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仁王門

石段を登り切り奥へ進むと仁王門をくぐります。

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門の中の二体の仁王さんはかなりの大きさで近くで見ると迫力満点です。

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大堂

仁王門の奥に、間口約27メートル、奥行約29メートル、高さ約27メートルのお堂がそびえています。これは鉄筋コンクリート造で昭和39年に建立されたものです。

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鐘楼

仁王門と大堂の間の左側には鐘楼があります。

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鐘楼の横には昔の鐘が飾られています。

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元々の鐘は正保4年(1647)、瑤林院(ようりんいん)(紀伊徳川頼宣の室・加藤清正の娘)によって寄進されたが、宝永7年(1710)の火災により旧鐘が損傷し、正徳4年(1714)、紀州粉川(粉河)の鋳物師木村将監藤原安成によって改鋳されたと伝えられ、旧鐘の銘文が再刻されています。その後、昭和20年(1945)4月の空襲で一部に亀裂と歪みを生じ、現在は鐘楼脇に保管されているものです。

五重塔

鐘楼と逆の方向に進むと江戸時代に建立され、現在は重要文化財に指定されている五重塔を間近に見ることができます。

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力道山の墓

墓所の中には昭和のプロレスラー力道山の墓もあります。

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右側のブロンズ像は空手チョップを出していたリング姿そのままです。

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日蓮聖人ご臨終の間

大堂の奥の案内板に従って大坊本行寺へと進みます。

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ここで日蓮聖人が臨終となったとのことです。

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御会式桜

霊場の近くには、現在も旧暦10月頃には花を咲かせるという御会式桜がありました。

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池上梅園

霊場の近くには池上梅園があります。
この梅園は昭和53(1978)年に東京都から大田区に移管され、紅梅を中心に植林・拡張がすすめられ、梅や庭園を楽しむ公園として整備されたものです。

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梅の季節は終わっていますが、種々の花が咲いており静かな散歩が楽しめました。

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以上、池上本門寺付近のスポットをご紹介しました。

緊急事態宣言が解除され、自由に動き回れる日が早く来ることを祈る毎日です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。