いつまでも元気

健康長寿のための実践や気づきを主とするブログです。

品川神社

外出自粛ですが運動不足解消のため、自宅からの徒歩圏内での散歩は続けています。

今回は品川神社です。

 

品川神社

京急電鉄の新馬場駅の目の前に高い石段があり、その頂上に品川神社が祀られています。

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大黒天

石段のふもとの左側には大黒天の像があり、右側に大きな石碑があります。

 

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本殿

石段を上り詰めると鳥居の奥に大きな本殿が現れます。

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やっと本殿に到着。

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本殿の左には宝物殿がありますが、本日は開いていませんでした。

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本殿の少し手前の右側の神楽殿も美しい造作でした。

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包丁塚と七福神めぐり

少し石段の方向に戻りますと、品川区鮨商組合連合会が昭和51年に建立した包丁塚があります。

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また包丁塚の近くには「東海七福神発祥の碑」もあります。

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富士塚

石段の途中からは富士塚に登る登山道があります。

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本物の富士山のように、ふもとの1合目から頂上の10合目までの道標が建てられており、5合目を過ぎると道は狭くてかなり急な坂道になります。

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頂上には、まだ4月上旬ですが、既に鯉のぼりが泳いでいました。

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この富士塚については立札で以下の説明があります。

「富士塚は、富士信仰の集団、富士講の人々が、富士山の遥拝場所として、あるいは実際に富士山への登山ができない講員のために造った築山である。
 品川神社の富士塚は、明治2年(1869)、北品川宿の丸嘉講社の構中300人によって造られた。神仏分離政策で一時破壊されたが、明治5年に再築し、大正11年(1922)第一京浜国道建設の時現在地に移菜された。
 江戸後期に盛んだった民間信仰を知る上で、たいせつな文化財である。」

浅間神社と「ぶじがえる」

富士塚のふもとには浅間神社もあります。

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またすぐ近くには、富士に交通安全の願をかけた「ぶじがえる」の像もあります。

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お稲荷さん

本殿の右奥にはお稲荷さんがあります。

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本殿の横のお稲荷さんは「上社」で更に右下に進むと「下社」があり、その中に「一粒萬倍の御神水」が祀られています。

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その説明は以下のとおりです。

万物は「天・地・水」の恵みを受けて生成化育し、米は一粒の種より萬倍の稲穂となる。当稲荷社は「上社」が「天の恵みの霊」を「下社」が「地の患みの霊」と「御神水」をお祀りする。家門・家業の繁栄を祈り、印鑑・銭にこの水をそそぐが吉。また、持ち帰りて家・店の入口・四隅にそそぎ、清く明るき心を持つて幕らし・高売するが吉。そそぎし銭の一部は門前・北品川の前家にて使用するが吉。

板垣退助の墓

本殿の裏を回って進むと、明治維新で活躍した板垣退助の墓があります。

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板垣退助の肖像画は、昭和の時代は百円札に使用されていたので、多くの人々に知られています。

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また岐阜を遊説中に刺客に襲われた際、「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだと伝えられ、その言葉が墓の横の石碑に刻まれています。

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なお、この石碑の書は当時の佐藤栄作首相(現在の安倍晋三首相の祖父の岸信介元首相の弟、つまり、安倍晋三首相の大叔父さん)によるものです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。