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5月27日は日ロ戦争の日本海海戦の日

5月27日は日本海海戦の日

5月27日は何があったのかと調べていたら、日ロ戦争の山場の一つに巡り会いました。

日ロ戦争は1904年(明治37年)2月8日から1905年(明治38年)9月5日に戦われ、その一つの大きな山場が1905年(明治38年)5月27日の、ロシアのバルチック艦隊と日本海軍の連合艦隊による日本海海戦でした。

ロシアのバルチック艦隊は、その名が示すとおり、ヨーロッパが本拠地でした。
日ロ戦争の勃発により、バルチック艦隊を日本海に派遣することとなり、1904年10月に体制を整え、艦隊は黒海を出発しました。

当時、スエズ運河は日本の同盟国のイギリスの封鎖によって通過できず、アフリカの南端の喜望峰の南を回るという大回りをせざるを得ず、何か月もかけて日本海まで移動してきたのです。

ついに、1905年(明治38年)5月27日、ロシアのバルチック艦隊は対馬の沖合の日本海に到達しました。

そこで待ち受けていたのは、旧日本帝国海軍の連合艦隊です。

その時の状況は、有名な電文「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、聯合艦隊ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス、本日天気晴朗ナレドモ波高シ」で簡明に記録されています。
この文章の起草者は後に海軍中将となる秋山真之でした。

この日、対馬の沖合いで交戦により日本艦隊はロシア艦隊を完全に破ったのです。

ここまでが旧日本帝国海軍の奢りなき前進だったのでしょう。

日清戦争の勝利とこの日本海海戦での大勝利により、日本軍は成功体験だけが記録され、この後の太平洋戦争へ向けての突入に繋がったことは明らかです。

坂の上の雲

この戦の詳細は司馬遼太郎の「坂の上の雲」(文春文庫全8巻)をご参照ください。

引用元: Amazon

戦艦三笠

なお、当時の旗艦の三笠は今でも横須賀で見学できます。

戦艦三笠の進水

引用元: 三笠保存会

将来への教訓

過去の成功体験だけを頼りに道しるべを求めることの危険を、改めて思い起こす日となりました。

かつて「坂の上の雲」を全巻読んで考えたことや、戦艦「三笠」を見学したことを思い出し、日記にまとめました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。